jaz3216のsimpleBlog

写真が溜まれば気ままに書いてみよう

宝島社の全面広告

1月7日(月曜日)の全面広告を掲載した宝島社が話題になっている。


【嘘つきは、戦争の始まり。】と題された広告は、

イラクが油田の油を海に流した」
その証拠とされ、湾岸戦争本格化の
きっかけとなった一枚の写真。しかし
その真偽はいまだ定かではない。ポー
ランド侵攻もトンキン湾事件も、嘘
から始まったと言われている。陰謀も
隠蔽も暗殺も、つまりは、嘘。そして
今、多くの指導者たちが平然と嘘を
ついている。この負の連鎖はきっと
私たちをとんでもない場所へ連れ
てゆく。今、人類が戦うべき相手は、
原発よりウイルスより温暖化より、
嘘である。嘘に慣れるな、嘘を止めろ、
今年、嘘をやっつける。

という文面である。

宝島社はMook本で有名で、ボクの認識ではナンパ系の印象だった。

というのは、本の付録に付けたCDやDVDの中に、
pornoっぽいadult🔞映像があり、

出版停止になり裁判問題にまで発展し、高裁まで争い敗訴しているからである。

しかし例えば、ボクの手元にある宝島社の書籍は、


程々のワンコインで買える
割と「英語」や「スマホ」と硬軟差別ない準標準的なところだが、

この広告で権力と戦う硬派の姿勢の面もあることを知り心改めることにした。

ただ単純に、この広告は日本の現状だけを指摘したわけではない。

「嘘」はフェイクとして世界中に蔓延し、残念ながら過去の歴史を想い起させる。

そこで忘れられない人物が存在する。

ワイツゼッカー・元ドイツ大統領その人。

【「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目になる」】

と述べた演説が超有名である。

第2次世界大戦終了40周年の1985年5月、
「荒野の40年」と題した議会演説で

【「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目になる」】
と訴え、

ナチス・ドイツによる犯罪を「ドイツ人全員が負う責任」だと強調。

歴史を直視するよう国民に促した言葉は、
90年の東西ドイツ統一後もドイツの戦争責任を語る際の規範となった。

日本の政治家の歴史修正主義者は自虐史観と目を瞑(つぶ)り、
人道的犯罪を「嘘」で塗り固めようとする。

亜細亜各国内での軍隊の行動は、やはり、関数の世界現象となるから、
善悪の多寡は良くも悪くも接した人の受け止めた計数次第だと言える。

欲望の計数を察知して金銭で解決しようというのは良くない。

アメリカに押し付けられたとして、憲法九条の改悪につんのめり

ワイツゼッカー・元ドイツ大統領のように、
「戦争での加害行為は日本人すべての責任として忘れるべきではない」
と、「荒野の70年」とか「荒野の75年」ともじっても良いから
何故語れないのか?

その機会やチャンスはいくらでもあったし今後もあろう。

強い現政権であるがゆえに大きな声で「侘び寂び」の世界で語りかけて欲しい。

すぐ、ことばの心霊、言霊論に逃れて「嘘」までも美しいものと糊塗してしまう。

日本では、古来より言葉には魂が宿るとして、
言葉を大切にしてきた歴史がある。

また、日本人は自然のあらゆるところに
《八百万(やおよろず)の神》が宿ると言われる。

確かに、万葉の世界まで遡り、政治の世界に情念を持ち込まれ、
文学や芸術や文化論を展開されると、

皇室の伝統に重ね合わせて、日本人は強く出られない傾向を持つ。

「勝ち、負け」「丁半」「花札」の勝負事も大好きで、

【「勝てば官軍負ければ賊軍」】

どうしても「勝ち組」に入り勝利の美酒を飲み、勲章も身につけたい。

この縄文、弥生以来の性根の傾向がある限り、
嘘でもいいから時の権力者の方向性を支持してしまう。

しかし、世界の国際舞台で、この民族的性根は、
嫌われ孤立し、友人のいないロビー活動になっている。

井の中の蛙」のようで【恥】ずかしい。