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写真が溜まれば気ままに書いてみよう

HITARU樫本大進コンサート顛末

札幌は恵まれた大金持ちの街。

北海道が設立所有する「キタラ」に代表されるコンサート会場があるにも関わらず、
「HITARU」というオペラが上演できるコンサートホールを作った。

オフィスワンが主催コーディネートする10日(木曜日)7時開演の、
樫本大進」と「プラハ交響楽団」のジョイントコンサートのチケットを購入した。

ゆう子とゆきとちひろに普段お世話になっているので感謝の気持ちからプレゼントした。

彼、樫本大進氏のストラディヴァリウスの音色を生で直接聴いてみたかったのは、
実は普段NHKのdocument LIVE映像や、徹子の部屋で接していた自分だった。

世界のオーケストラで一二を競う存在が、
ベルリンフィル」と「ウィーンフィル」である。

特にベルリンフィルは気質的にドイツ人の世界的巨匠が指揮者であり、

ヒットラーのナチ党のpropagandaとして利用された「フルトベングラー」は、


フルトベングラー

自由の国アメリカで活躍したイタリア人のトスカニーニと比較され、


トスカニーニ

第二次大戦後ナチに協力したと批判された悲劇の大指揮者となってしまった。

また、伝説の大マエストロの「カラヤン」が常任指揮者であった。

カラヤン


その伝統あるベルリンフィルの第1コンサートマスターに、
30代の若さで就任した彼、樫本大進氏の音楽性は、
年上の楽団員をまとめる信頼度において抜群に高い。

確かに、十代の頃から世界中のあらゆる各種コンクールで優勝を総なめし、
実力の高さは半端でなく他の追随を許さない。

彼に勝るバイオリニストは皆無と言っても過言ではない存在なのだ。

ところが、樫本大進のバイオリンを聴くこのチャンス、機会が
ゆきはどうしても都合がつかず、ちひろは腰痛で歩けず、
チケットが勿体無くも無駄になりそうな運命を迎えることになった。


HITARUのこけら落とし公演 Operaアイーダ

そこで、ここからゆう子が一気に活躍することになるのだが、
ITおばさんトリオで行こうと「りみ子」さんと「とも子」さんに連絡取ると、

りみ子さんは速攻で「オッケーです👌」の返事だったが、
とも子さんが都合がつかない。

そこでまた急遽方向転換して、以前隣の家の友人の「まち子」さんに声をかけた。

彼女の従姉弟に有名なアコーディオン奏者の「桑山哲也」氏がいて、
(お父さんはNHKのど自慢アコーディオンでバック演奏を担当していた真弓氏。)

クラッシック畑には造詣が深く娘さんは「東京音楽大学」の卒業生でもある。

彼女に連絡を入れると、一も二もなく「最高に嬉しい。ありがとう!」と・・・。

チケットが無駄にならず、三人のメンツが揃った。

ところが、そこHITARUが新しい出逢いの故郷の話題になるとは知る由もなかった。


りみ子さんとまち子さんは初対面であった。
当たり前のように自己紹介し合うと、何ということであろう、故郷が一緒。

Okhotskの紋別市

2歳違いの二人はりみ子さんが3年生でまち子さんが1年生として、
同じ高校の同じ学び舎で同じ先生に学ぶ先輩後輩の同窓生であると判明。

また、りみこさんの妹さんとまち子さんが同級生であることまで分かり、

このコンサートはゆう子のおかげもあり、
二人の不思議な縁を結びつけ誕生させるきっかけとなった。

共通の話題で2人はコミュニケーション力と発信力が弾けて大盛り上がりとなった。



上のプロの写真と比較すべきステージの何ものもないが、
ゆう子の写真撮影によるHITARUの会場の雰囲気も味わってみよう。

勿体ない、スマホに指が写ってしまっている。



さて、コンサート本番はどうだったのでしょうか?

正直、ゆう子が口をつくのは「言葉も出ない!」
と、ため息ばかり。

全てが初体験で、比較する価値基準のひとつも持ち合わせていない。

演奏の是非はもちろん、会場の音響の是非も含めて、
価値尺度を持ち合わせず、偉そうに未熟な言葉で表現できないのだ。

コンサート会場のあまりの衝撃の大きさが伝わるでしょうか?

そこで「さっぽろ劇場ジャーナル」事務局プロの評論を、
引用掲載して参考にし感動を共有しよう。


《 以下、引用 》

【 前置きが長くなった。ブラームスの協奏曲へ移ろう。


ブラームス

近年は古楽の影響もあり、世界的に活躍する奏者では、リズムとメリハリを強調する器楽奏者が増えてきて、逆に息の長い旋律を歌える奏者が減ってきている。そこへゆくと樫本はオイストラフなどの流れを汲む「歌」重視であり、その音楽は「時間的」と形容できる。そしてインキネンの指揮が透かし彫り的で言うなら「空間的」。この組み合わせで聴くブラームスは実に興味深かった。

演奏で特徴的だった箇所を何箇所か挙げると、まず長大な序奏を経て登場する

ヴァイオリンのアインガング(※譜例1)。
譜例①
待ちに待った主役の登場という風な演奏がされがちだが樫本は違う。誇張のない虚心な滑り出しを見せた。このアインガングは実は、展開部最後に8度で繰り返され再現部に向けて音楽が紅潮するための伏線なのだ。樫本とインキネンはこのことをはっきり意識している。いかにも構造的だ。こうした探究心は他のVn奏者も多いに見習うべきだ。樫本の音楽にはいつも余計な力みがないので、こうした知的な設計の意図が伝わりやすい。

イ長調の第2主題(※譜例2)もまったく感傷的ではない。
譜例②
この作品にメランコリーを期待したお客さんは肩透かしを食らったかもしれないが、樫本には明確な意図がある。ハ長調でオーケストラに引き継がれてもなお感傷の色はない。素晴らしかったのは再現部。冒頭からのすべての素材が重なり合う様がごく自然に当り前のように響き合う。声を荒げないのにスッと心に届く賢人の言葉のようだ。トランクィロは雪解けを待つ北国で身を潜めるように静か。物憂げなのだがどこか明るい。いかにもインキネンらしいというか、北欧の香りといえようか。第2楽章は冒頭の木管が牧歌的で土臭い音を出す。このあたりはオケの元々の特質だろう。

嬰へ短調に転調する第2部(※譜例3)。
譜例③
樫本はようやく割り切れないような感情を露わにし訴えかけるように歌う。エルマンがこの箇所について「悲劇のプリマドンナのアリア」と述べているが樫本もそう理解しているのだろう。音楽の捉え方に明確なコンセプトがある。第3楽章は独奏ヴァイオリンの8度重複を支えるイ長調の属7の持続音がここでも透かし彫りのように響いたことも印象に残った。】

【 後半のドヴォルザーク


ドヴォルザーク

今回の来日公演で「新世界」を演奏するのは札幌が初。日程的におそらく当日にGPを行いそのまま本番、いわゆるゲネ本だったはずだ。しかし演奏には十分に聴き応えがあった。前述の特徴がここでも一貫していた。冒頭、弱音が唐草のようなデリケートな絡み合いを聴かせる。続くシンコペーションの弦のトゥッティも力づくではない。続く19小節からのゼクエンツ(※譜例4)にはハッとさせられた。減7上のシンコペーション、そしてゼクエンツによる反復。これはブラームス交響曲第一番の終楽章の序奏部(27-29小節、※譜例5)と同じなのだ。
譜例④ 減7上のシンコペーション、そしてゼクエンツによる反復
譜例⑤ ブラームス交響曲第一番 終楽章の序奏部(27-29小節)
インキネンによって透明な響きで構成を明確にされた演奏家らはドヴォルザークの西側との共通点が際立ってくる。展開部も幾度もブラームス的に響いた。例えば展開部のクライマックス254-257小節では、減5短7(あるいは、和声学的には長調のⅦ7、いわゆる導7、あるいは短調のⅡ7)が半音階で連続し調性が行方不明になる(※譜例6)。
譜例⑥
機能和声のルールを厳守しつつその限界に挑んだブラームスの影響がはっきりと響いたことに驚くとともに、発見があった演奏だった。力づくでねじ伏せるように鳴らすとこうは響かない。

第2楽章は、ホ短調で終止した全楽章に続いて、突如遠隔の変ニ長調が鳴る。ここにも精度の高い和声感の表出によって作品本来の衝撃がある。ただ、こうした技法は18世紀のハイドンも用いている。冒頭はいかにもコラール的に鳴らされる。終楽章コーダで再度この和音が鳴るがそこでもコラール的で響きの性格の一貫性があった。エンハーモニックの響きのなかから現われてくる主題には、素朴な手触りがある。第3楽章は176小節以下(※譜例7)に注目した。
譜例⑦
ハ長調に転調した舞曲風の曲想だが、ここでも涼しげな弱音が基調。よく聴かれるような、のどかな牧歌風ではない。基礎となる和音はC-E-G-A。つまり19世紀末から20世紀初頭に流行した付加6度和音(※譜例8)。
譜例⑧
丁寧に鳴らすと、この和音がもつ希望に諦めが混ざったような複雑な響きがする。今回の演奏を聴くまでドヴォルザークがこの和音を使用していることは気づかなかった。会場で目が覚めるような思いをした。終楽章も力みがない。精密なのだが、響きは一貫して機械的ではない。いわば産業革命以前の手工業的精密さとでも言えようか。やはりブラームス的に響いたのは、331小節。エオリア旋法に基づく属7の二転からフォルティッシモでE-Gis-Hへピカルディ終止しディアトニックでホ長調へ行く。ブラームスドヴォルザークの取り合わせ、プログラムの意図はこのあたりにあったのだろう。


インキネン

聴き古された名曲を新鮮な気持ちで聴くことができたよいコンサートだった。しかし、新世界の初日だったこともあるのかもしれないが、やや、指揮者が様子を窺うような遠慮した面もあった。本番を重ねると変わるかもしれない。あるいは楽員を制圧しないインキネンの性格に由来するのかもしれない。よく言えば民主的。悪く言えばやや妥協的とも言える。

現代の指揮者の成功条件は民主的であること。これは世界中の流れだ。かつてのように指揮者がトップダウンで楽員を手足のように動かす様はほぼ見られなくなってきている。日本では日本フィルを指揮しているラザレフくらいだろうか。


ラザレフ

こうした制圧型は、社会主義の崩壊に伴い、コミュニティのあり方としても古臭くなったことも関係している。ソビエト連邦の崩壊とオーケストラ音楽の民主化が時期を同じくしていることは偶然ではない。これからもこの流れは進むことはあっても、戻ることはないだろう。

しかし、現在のオーケストラ音楽の主たるレパートリーは19世紀音楽。民主制という手続きの正しさが制度としてもリアルになってきた時代だが、反面、19世紀音楽はそこから零れおちるような個人的でナイーブな真実を追求していた。世紀をまたぎマーラーショスタコーヴィチにいたると制度の犠牲になった実存の根底からの叫びに発展した。


マーラー


ショスタコーヴィッチ

手続きの正しさという面から見て民主制を否定することができないとしても、19世紀芸術は手続きの正当性が叫ばれるほどに逆にクローズアップされざるを得ない「個」にこそ核心があったのではないか。魅力的であればあるほど反社会的で、反道徳的で、破壊的なほどオリジナリティに突っ走ってしまう、そうした音楽。芸術の領域でまで手続きの正当性が叫ばれることは、芸術家が職業である以上不可避であるとしても、そうした手続きから生まれる音楽が音楽の本質を裏切ることになるのではないか、昨今のいかにも民主的なオーケストラ音楽に接するにつけ、その感覚を強くする。あるいは、そこから生まれる新しい価値があることに私たちがまだ気づいていないだけだろうか。プラハ響も組織に新しい風を吹き込むためにインキネンを招聘したはずだ。その試みは十分に成果を見せている。であれば、オーケストラ音楽はこの先どこへ向かうのか。それぞれのオーケストラが模索しつつの現状であるが、何らかのビジョンが求められる時期に来ている。】


【制度の犠牲になった実存の根底からの叫び】という表現をしながら、
マーラーショスタコーヴィッチを現出させる。

【「個」にこそ核心があった魅力的であればあるほど革命的な
反社会的で、反道徳的で、破壊的なほどオリジナリティに突っ走ってしまう。】

革命的なチェコスロバキアが旧ソヴィエト連邦に所属した時代を
懐かしんでいるわけではないだろう。

が、旧ソヴィエト連邦崩壊と軌を一にした、
プラハ交響楽団の民主的手続きの方向性をひたすら模索する姿に一石を投じている。

やはり大学教授で音楽の専門家によるコンサート後の評論は、
吾が感性乏しきボキャブラリ不足を補う以上の表現が譜面を用いて語られた。

当然、音楽評論家の感性による美辞麗句を過大に評価するとしながら、
それを逆算して割り引いてもプロの専門知識の足元に及ぶものではない。

脱帽です!!

そんなこんなあんな、口にはできぬほどの《roughly & about》な、
樫本大進と指揮者インキネンとプラハ交響楽団の実存に今なを打ちのめされている。