jaz3216のsimpleBlog

写真が溜まれば気ままに書いてみよう

喜寿の会あれこれ

真夜中、トイレに目を覚まし、ロフトの天井三角窓から黒光りする夜空を見あげると、
満点の星空に、北斗七星がキラキラ輝いている。

今日(10/19)の喜寿を祝う日本晴れを予見することができ嬉しさがこみ上げてきた。


(朝6時、見事に晴れ上がった☀ My bedroomからの影像)

昨日19日(金)11時半から待望の【喜寿】の催しが行われた。



平成30年(2018年)(節分を基本とする)長寿記念と生年月日一覧

還  暦 かんれき:1958年2月4日〜1959年2月3日生まれ(61歳)
古  稀 こ  き:1949年2月4日〜1950年2月3日生まれ(70歳)
喜  寿 き じ ゅ :1942年2月4日〜1943年2月3日生まれ(77歳)
傘  寿 さんじゅ:1939年2月4日〜1940年2月3日生まれ(80歳)
米  寿 べいじゅ:1931年2月4日〜1932年2月3日生まれ(88歳)
卒  寿 そつじゅ:1929年2月4日〜1930年2月3日生まれ(90歳)
白  寿 はくじゅ:1920年2月4日〜1921年2月3日生まれ(99歳)
百  寿ひゃくじゅ:1919年2月4日〜1920年2月3日生まれ(100歳)
茶  寿 ちゃじゅ:1911年2月4日〜1912年2月3日生まれ(108歳)
珍  寿 ちんじゅ:1909年2月4日〜1910年2月3日生まれ(110歳)
皇  寿 こうじゅ:1908年2月4日〜1909年2月3日生まれ(111歳)
大還暦だいかんれき:1899年2月4日〜1900年2月3日生まれ(120歳)


ゆう子に背突かれながら、11時をめどにわが自宅を出発して、
ホテルエミシアの車庫に入庫した。


SAI助手席からゆう子が撮影。

まさに日本晴れ雲ひとつなく、喜寿祝祭日を迎えた。

車庫の領収証記録によると、

入庫時間が11時16分、ということで、
11時半から会食が始まり、
出庫時間の14時01分まで、

喜寿の会は、
ゆったりと和やかに笑顔に満ち溢れ、食事とおしゃべりと

時々無口になり、各自それぞれインスタ映えする写真撮影と、
十二分に食通の胃袋を満足させる楽しみ方で過ごした。

幹子さんなど、次の日の土曜日20日に、
真谷地小学校時代のクラス会が定山渓温泉であるというので、
幼友達の同級生から頻繁に電話連絡が入ってきて、
会のおしゃべりと別(共)に忙しい思いをしていた。

elevatorで30階の中華料理レストラン【仙雲】に着いた時、
会場の仙雲が11時半のオープン前ということでRobbieで待たされた。
(Robbieにはすでに予約1組と予約なし1組とが存在した。人気店である)


入り口ロビーである。

我ら2人の喜寿催し会場は、
札幌市内随一の眺望レストランと言って良い30階【仙雲】の個室。

仙雲の支配人に定時に案内され部屋に入ると、
新さっぽろの眺望(展望)が眼下に一気に広がる。


(JR千歳線が見えるので、風の通り道で吹き抜ける千歳、苫小牧方向⁉)

眼下の写真を撮り終わったタイミングで、

妹たち屯田組が川北の弟武秀くんを帯同して、
主賓の紀代子さんを連れてきた。

これで、いよいよOpen ceremonyへと展開される。

本日の喜寿の会の記念品がわれわれ二人に贈呈され受け取った。

信江さん、幹子さん、幸江さん、武秀くん、優子さん、
ご気遣い、本当にありがとうございます。

この手の下着が入院以来大好きになっているので、
この冬からずっと愛し続けたいと思います。

下着姿は写真でインスタ映えしないので公開写真は公表できないが、
もう一枚特別提供されている、喜寿記念色の紫色のsweaterは

帰ってきて早速試着してみた。

XLというサイズは自分としては初お目見えの大型サイズだったが、
意外と意外、ピッタリフィットしてみなさんの祝意が嬉しい。

また、ボクの知らないところ、会場で、
ゆう子が信江さんから庭で自家栽培したブドウをもらっていたよう。

帰ってきて食べたがこんな甘くて美味しい葡萄が🍇、
庭の蔓にぶらんぶらんと成り下がる様は壮観だろう。

こちらの新鮮そのものの葡萄も喜寿記念色の紫色で、
なんか、高貴な平安貴族になった高尚な気分に襲われる。

【『自尊の倫理』】でうれしい悲鳴を心に秘め
慶(よろこび)の一粒一粒を口に頬張った。

天からの恵みものの【紫】色の喜寿に感謝しよう。

それにしても、
今年ほど地球温暖化の影響で、
台風をはじめとして天気が不安定な時期が重なることはなかった。

そんな風雨に晒された気候の中でこれだけの結果を出せるのは、
果樹栽培が趣味とはいえ、見事の一語に尽きる。


さてさて、喜寿前編の枕が長すぎる。

事務局のゆきえさんの司会で喜寿の会がスタートし、
ゆう子の軽い乾杯の音頭で中華料理の6000円コースが始まった。

コース名は、
【お祝いモダン チャイニーズ コース】という。

Corse menuの前菜が運ばれてくる大皿が、
予(あらかじ)め目の前にsettingされている、と思っていた。

だが、知らぬ間に使われず仕舞いになって取り去られていたが、

中国料理で取り皿にもならないこの大皿は、
特別の意味でもあったのだろうか?


「はっ!」と気がついて後日談になってしまう。

後段の長寿とcolorの勉強した後にこの写真を見返してみると、

皿の真ん中に紫色の花、
これこそレストラン【仙雲】の客をもてなす祝意表現。

すなわち

【「いらっしゃいませ!」】

【「ご利用ありがとうございます!」】

【「本日の喜寿のお祝いを心からご接待申し上げます」】

【「おめでとうございます㊗🎉🎊」】

の現れだったんですね。

無口な皿でも多くのことを語っている。

無言でも語るべきことは無限大だ。

【四聖句】
達磨大師が言われたとされる禅の根本思想。

「不立文字」(ふりゅうもんじ)
「教外別伝」(きょうげべつでん)
「直指人心」(じきしにんしん)
「見性成仏」(けんしょうじょうぶつ)

あえてこれに、

「以心伝心」(いしんでんしん)

を加えておこう。

【「無」】の世界はまさに【「宇宙」】の世界である。



さあ、無を意識してパーティーを始め、
食べようではないか⁉


まず、料理人chefお任せ前菜の盛り合わせが運ばれてきてスタート。


(シェフおすすめの「前菜」)

鶏肉胡麻和え、蛤のお吸い物、蛸酢、胡桃のカラメル和え、茶碗蒸し、大根の漬物と6品、

前菜だけでボクのお腹はびっくりΣ(-᷅_-᷄๑)マー君もの。

二品目はフカヒレスープ


(「フカヒレと干し貝柱のロワイヤル」 翡翠仕立て)

水分系の汁ものは食べやすいので、
逆に気を抜いてこぼしても困るので、

真面目に余所見(よそみ)せずに集中して口に運んでいると、
武秀くんが写真に納めてくれた。

信江さんもちゃっかり写り込み、
インスタ映えの美しい(?)構図ですね。


餃子が出てきた。


(香港点心「“ハムスイコー” 」卵餃子)

レンゲの中でコロリと卵のような形が可愛い。
箸でほぐすと中のジューシィな液汁がレンゲに広がる。
猫舌のボクには少し酷なくらい熱すぎた。

さて、コース料理は次いでいよいよ【北京ダック】となる。


(北京ダックの取り分けが支配人の手で)


(「北京ダック」)

支配人が取り分けてくれたので、
自分で包むことを想定して予習までして、
いらぬ心配をする必要がなかった。

それにしても、DAKS(家鴨)の薄皮を食するのはいいが、
そんな期待したほど味ある食べ物ではなく印象が薄かった。

次いで出てきた魚メニューは【甘鯛】


(「甘鯛のフリット」 金に見立てたオリジナルパウダーかけ)

金粉に見立てたpowderの独自性が貴族的な気分を引き立て、
めで鯛雰囲気を醸している。


(「ジャスミン茶」が早くも提供された)

ここから後半戦、May'ndéciが続く。


(ニュースタイル 「青椒牛肉絲 」ビーフ)


(「ズワイ蟹チャーハン」チャイニーズドリア)

そして、desert。


(お祝い 「桃まんじゅうと季節のフルーツ入り杏仁豆腐」)

コース料理最後のデザートが出たところで、会食は無事終了。

みなさんまずはトイレに立ち、帰り支度の準備を始める。

ボクも武秀くんにトイレからの風景が、
札幌市内の山々が見える異風景が広がる、
と、勧められて🚹へと。

札幌ドームの延長線上の低い谷間が中山峠への道路。

その右手に、遠く霞む札幌市内最高峰の美しい【無意根山】が見える。

これぞ札幌の素晴らしい立地条件。

定山渓側の南の山々は扇状地の伏流水を満々と湛え、
札幌市内に流れ込み、

道庁前の池、植物園の池、中島公園の池、北大構内の池、

そして、絶えることのない、
豊平川水系や南北を貫く創成川を形成している。

感動の風景が広がる。


札幌の山をいくつか確認し会場の個室に戻ってきて、
皆さんで記念撮影をする。

部屋係のウェートレスがシャッターを切ってくれたが、手馴れたものだ。

構図が上手に落ち着いている。


本当にご苦労様でした。
そして
お疲れ様⁉でした。


一階のRobbieまで、皆さん一緒のエレベーターで降りてきて、
ソファーで休んでいると、


(自分自身に対しても、「お疲れさん!」の声かけ)

武秀くんに自然に促される形で皆さん集まり、
cameraman、武秀くん抜きの集合写真になった。

こうして無事に終わり別れの辛さもあるけど、
涙なしの笑顔で手を振りSAIに乗り込んだ。

今日のこの日この時間から、
また、人生80年の健康長寿と傘寿を目指して、

パークゴルフまでは一緒できなくても、

独活や蕗採りは藪の中は無理にしても付き合いできるよう、
頑張り鍛えたい。

【《冬耐えて 春菫の 空の声》】 by3216

「声」を「風」にしてもいいかな?

本当にありがとう😊ございました!!

心から感謝の気持ちで一杯になっている。


家に帰ってきて、御祝いの品を見ながら、
この際、後学のために勉強しておこうと殊勝なことを考え、
netsurfingで検索していた。

長寿祝いと色の関係である。


のhome pageから転載

干支(十干十二支)は60年で一巡して起点に戻ることから、
【還暦】とは「生まれた時に再び帰る」という意味になります。

昔は赤ちゃんが生まれると、
魔除けの願いを込めて【赤】の【産着】を着せる習慣があったため、
干支が一巡して【「再び生まれる」】という還暦の時に、
赤いちゃんちゃんこ】が贈られるようになったのです。

次のお祝いは【70歳の「古希(古稀)」】
その次が【77歳の「喜寿」】

どちらのお祝いも、色としては【「紫」】または【「紺」】なのだそう。
【紫】は【聖徳太子】が定めた【冠位十二階の制】において【最高位の色】とされました。

その次は【80歳の「傘寿」】、【88歳の「米寿」】そして【90歳の「卒寿」】となります。

いずれのお祝いも、テーマカラーは【「黄」】になるのだそうです。
古代中国において【黄色】は【皇帝の色】とされました。

【99才】は【「白寿」】
色は【「白」】です。


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日本古来の【紫色】には、ニュアンスの違った様々な色があります。ご参考までに!

菖蒲色(あやめいろ)=
すこし赤みが差した薄い紫色。JISの色彩規格では明るい赤みの紫とされています。菖蒲の紫の花の色から古くから用いられた色名です。近年ではしょうぶと読むのが一般的。(しゅうぶの花は実際には別の種類の色になります。)


江戸紫(えどむらさき)=
青みがかった紫の色。始まりは江戸時代の娯楽として、すでに親しまれていた歌舞伎。その歌舞伎役者の「助六」が、青みが入ってる紫を舞台で使用したことから、その名を江戸紫として愛されるようになったという説があります。


滅紫(けしむらさき)=
暗い灰色がかった紫の一種で、別名「めっし」と呼ばれています。平安時代の三大格式である「延喜式」にも登場し、朝廷の太政官の1つである参議以上の位の人が着用する外出着の色であるので、古来より高貴な色として崇められていたことが伺えます。


紫苑色(しおんいろ)=
淡い紫の色。キク科の紫苑(十五夜草)の花の色。上記でも説明したように、紫を高貴としていた平安時代に誕生したとされている色で、当時は「しおに」と呼ばれていました。着物などでも採用されており長年愛され続けています。


菫色(すみれいろ)=
少し青みがかった紫色。スミレの花びらの色。英語名はバイオレット。JISの色彩規格はあざやかな青紫とされています。特に菫としては「万葉集」などでも詠まれており、カラーセラピー界では理想を大切にしたいという意味があります。


茄子紺(なすこん)=
夏野菜の茄子の熟れた実のような赤みがかった色。JIS色彩規格ではごく暗い紫とされています。江戸時代になって使われるようになった日本古来の伝統色名で、近年ではよく衣類や陶器など日常品に採用されています。


藤色(ふじいろ)=
藤の花のような青みがかった淡い紫の色。平安時代から「源氏物語」や「古今和歌集」などに詠まれるなど、特に日本女性の着物として、古くから愛され続けています。派生した色名には藤紫や藤鼠などがあります。


若紫(わかむらさき)=
薄い紫色。「伊勢物語」や「源氏物語」ではよく若紫が用いられています。8世紀では、朝廷への出仕に着用する朝服の二位、三位の色とされており、(本来の若紫は少し濃い色となります)江戸時代からは色名として使われています。



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中国の思想、文化の影響を受け、独自の日本文化を育む、日本人の知恵に驚嘆しつつ、驚異を感じる。

分別智もなく大雑把に生きてきたので、
知恵の奥深さが面白い。

御祝いの紺色の下着は、紫色ではなくても
大正解だったのですね。